もう一つの思考

            頭側と身体側の違い5

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頭側は方向が一つ。身体側は方向が二つ

再更新7月22日
頭側は環境を壊す思考な為に、方向は壊す、一つしかない。頭側は、失敗を許さない。と言ったが、それは、方向が一つという理由もある。要は、取り戻しがきかない。取り戻す時は、変える。というよりは、やり直す、になる。なので、揉み消す。と言う言葉が出てくる。
身体側の場合は、方向が二つあるので、行き過ぎても、元に戻せる。気持ちを左右するときは、上がる下がるを左右するので、目的の位置より下がり過ぎたら、上げれば済む。
この、身体側の方向が二つは、自然も同じになっている。例えば、水。100度にもなるし、0度にもなる。火や冷蔵庫は、頭側の物になる。なので、温めるか冷やすか、方向は一つしかない。
例えば、傷を治す。で考えると、頭側の物の車の場合、一回、傷になった部分を埋め、その後、塗装を塗り直さないといけない。要は、車自体で修復はしてくれない。
でも、人間の場合、体に傷を負っても、体が修復を行う。要は、傷を負う事も出来るが、修復も出来る。
車の場合は、傷が付いたら、そのまま、しか選択は無い。でも、直すという、一つの方向を取り入れれば、傷を直す事が出来る。
自力で修復できる物は生きている。自力で修復できない物は死んでいる。と表現できる。
なので、自力で修復できる物が死んだ場合、修復は出来ない。逆に修復できる物が復活したなら、それは死んでいなかった事になる。

段落更新9月17日
自力で修復を行うときは、一旦、傷が広がり切る。その後、傷が治る方向へと向かう。一旦、傷が広がり切るのは、気持ちの操作のページのお題、11速効性と遅効性。を見て欲しいが、受けた傷の始めは速効性。その後、広がるのは遅効性の部分。その遅効性が天井となり、その後、傷は治る方向へと向かう。
臓器など死んだ場合は、頭側のやり方で、取り替えるしかやり方は無い。死んだ物を、生き返らす事は出来ない。ただ、死に向かうときも、速効性と遅効性がある。なので、心電図での動きが止まっても、それは速効性の方なので、遅効性の方が残っている限りは、心臓マッサージで息を吹き返す可能性はある。
さっき言った、気持ちの操作のページのお題11の所では、速効性は身体側。遅効性は頭側と書いてあるが、見て取れるのは速効性の方で頭側。遅効性の方は、内に隠れているので身体側になる。これは、心臓マッサージや心電図などが頭側の物になる為、頭側と身体側が入れ替わる。なので、心電図が止まっても遅効性の方は、まだ生きている。

頭側はテキスト。身体側は指導

更新6月20日
頭側は、マニュアルなど、文面で決めるのが得意。身体側は、それを指導する行動が得意。
なので、仕事など、マニュアルを作ったは良いが、手足側の人達に、それをちゃんと伝えられていない。また、手足側の人がそれを行えていない。という事が多々あると思う。それを、手足側のせいにしている頭側の人もいると思う。何度も言うが、頭側の次は身体側。要は、マニュアルを作ったら、次はそれを行動に移し、教えないといけない。その行動の部分が出来ていない頭側の人は多い。
例えば、子供が、何で?何で?としつこく聞いて来るときがあると思う。頭側の人は、それを無視する傾向がある。大人同士でも簡単な事は教えようとしない人が多い。難しい事は優越感に浸れるので、喜んで教えたりする人が多い。身体側の悪い人の場合は、難しい事は教えないが、簡単な事は優越感に浸る為に、馬鹿にしながら教える人が多い。
身体側の場合、何も無い状態が良い状態になるので、子供の何で?が無くなる状態が良い。それに、実際側は、実力が物を言う。なので、全て答えられた方が良い。身体側は指導に向いているので、面倒見も良い。ので、答えられる事は全て答える人が多い。答えられない場合でも、頭側の人の様に黙る、ではなく、知らない。と素直に言う。ただ、これの意味は頭側も身体側も同じで、行動に出すか、言葉に出すかの違いで、自分が鈍い方を表に出している。
頭側は、指導ではなく、テキストを作る方が向いている。それは、計画に主を置くからだ。

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  • 自分の子供と他人の子供

    更新7月10日
    頭側は、自分の子供と他人の子供を分ける。でも、身体側は、自分の子供も他人の子供も同じ扱いをする。
    赤信号でも皆で渡れば怖くない。これは、頭側になる。頭で考えて悪い事でも、気が大きくなれば怖くない。要は、頭側の皆との共有は、気持ち次第である。
    身体側は、一人でも、車が来ないなら赤信号を渡る。要は頭で状況判断して、渡れるのなら渡る。つまり、判断は、頭次第。
    身体側は、誰の子供であろうと同じ扱いをする。それは、一人よりも、十人、二十人で育てた方が、より良く育てられるからだ。ただ、頭側の様に個別で育てる訳では無い。簡単に言うと、家では親が育てる。学校、塾、習い事では、それぞれの先生が教える。その場所その場所で個別の指導者がいる感じで、要は区別している。
    身体側は、大人がいっぺんに十人、二十人で子供を育てる。要はダメ人間だろうが区別しないで、全員で教える。それは、誰でも良い所、悪い所がある。個別だと、両方教えてしまう事になる。でも、皆で教えると、それぞれの良い所を集めて教える事ができ、悪い所は皆で指摘する事で無くす事が出来る。
    例えば、自分にとっては良い事でも悪い事はある。その悪い事を、十人中、九人に指摘されたら、それは、直してしまう。それは、頭での判断と、心理的状況。頭の判断だけでは、気持ち次第で赤信号は渡れる。でも、気持ちが小さくなれば、赤信号は渡れない。この心理を利用している。
    日本でも、昔は、皆が叱ってくれた。今では、完全に頭時代になった為、他人の子供を叱ると、その子供の親が黙っていない。自分の子供が悪くても、他人に叱られたくないのだ。まあ、その意図は分からない。それは、頭側の人に聞いて欲しい。

    頭側は縦社会。身体側は横社会

    更新7月12日
    頭側の縦社会は、まあ、誰でも分かると思う。上が白と言ったら、赤でも白と言え。という奴だ。
    身体側は皆が対等で、上下は実力で決まる。なので、親が凄いからと、その子供まで凄いとはならない。もちろん、実力がある方が上なので、先程の例で言うと、赤なのに、白と言う人は、総理大臣でも、下になる。
    例えば、会社にお金を儲けさせ、人にお金を行き渡らす。これを、総理大臣が言っている様子をテレビで何回も見た、聞いた人も多いと思う。これは、会社が儲かる術ではあるが、人にお金を行き渡らす術では無い。なので、これだと、人の景気は良くならない。
    会社と従業員だと、頭側は、箱の会社になる。身体側は、言うまでもなく、手足となって働く従業員である。会社が儲かるという事は、反対になっている従業員は、儲からない事になる。
    では、実際、どうなのか、会社を儲からせる為に、人切りがある。人切りにあった人は、儲かるのかどうか、当然、儲からない。では、人切りをした分、他の人が今以上に儲かるのか、それもない。では、儲かったのは?となると会社だけになる。それでは、人の景気が良くなるはずが無い。
    人の景気を良くしたいなら、一番に人を持ってこないといけない。なので、人にお金を行き渡らせ、会社に儲けて貰う。が正解である。
    もちろん、景気を良くする。と言っておいて、正反対の景気を悪くする方法を言っている総理大臣は、実力的に一番下である。
    これが、実際を生きる厳しさである。実力が全て。
    箱にお金を儲けさせて、どうするのだ。人にお金を儲けさせなきゃ意味が無い。会社が贅沢をするのではない。人が贅沢をするのだ。

    頭側の年上や役職での上。などは、身体側には関係ない。だから、発達障害者は、上司でもタメ口で話してしまう。まあ、役職と実力は同じでないといけない。でも、役職に就いていても実力不足な人は多い。その場合、上とは見ない。対等。なので、タメ口になる。
    まあ、これは、動物の世界を見ていたら、簡単に分かると思う。実力のない動物は絶対に負けてしまう。なぜなら、負ける=実力がない。となるからだ。サッカー等、スポーツで良く言われる、強いチームが勝つ訳でなく、勝ったチームが強いのだ。という奴だ。強いと言われているチームが勝つと思ってしまうのは、頭で考えているからでもある。でも、実際の事は実際でやってみないと分からない。まあ、これを分かっていても、分かり難い。それは、頭側と身体側、繋がっていない二つの思考があるせいだ。
    では、今の頭側の世界で、この横社会は必要のないものなのかどうか。
    今の時代、実力もいるが、横の繋がりも大きい。この横の繋がりは、頭側の物になる。でも、横の繋がりは、成果には繋がるが、実力を上げるのに関係はない。
    例えば、横の繋がりがある為に商談が上手く行った。でも、今まで商談が上手く行ってなかった理由に、商品の実力不足があった場合。要は他社に負ける商品であった場合、頑張ったのは、営業であって、商品の開発では無い。だから、商品の実力自体は、他社に負ける実力のまま。それでは、世の中は良くならない。それは、実力のない商品が出回るからだ。
    難しいのは、実力が低い商品と、需要は少ないが今後伸びる可能性がある商品の見極め。需要があるのは、それを消費者が求めているからだが、次の時代に役立つだろうとは思うが、今はまだ早い商品もある。簡単に言うと、原始時代の服と、今のスーツなどの服。原始時代に、スーツを着ていたら、それは、何かおかしい。なので、原始時代に、スーツが売れるかと言うと、ちょっと厳しい。でも、時代は変わる。それを営業で何とかするべきではある。ただ、スーツは見た目には綺麗だが、動き難い。なので、見た目が要る職業でないと意味が無い。なので、営業をするなら、身体を動かす人にではなく、見た目を気にしている人にしないといけない。
    要は、営業は、実力の無い商品に使う物では無く、実力はあるが、新しい商品等、皆に知られていない商品に使う物である。そうしないと、世の中は良くならない。どうしても、新しい商品というのは、馴染んでいない分、弱い。
    それは、新しい発見も同じである。

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  • ネギの切り方

    再更新7月23日
    ネギを速く刻むとき、身体側は、一本をそのまま速く切る技術を身に付ける。
    一方、頭側は、ネギ一本を半分に切り、二本にして、速くネギを刻む。
    身体側に、頭側のこの発想はない。これで、速く刻むのを負けるとかなり悔しい。
    これは、言葉は少し変えるが、頭側は、新しい発想で発展して行く。身体側は、今ある事を発展させて行く。という奴。
    ただし、身体側が、一本のネギを半分にし速く刻むと、ネギ一本だけを速く刻む技術がある為、頭側よりも速く刻める。
    ここでも、頭側と身体側が、協力しているのが分かると思う。
    でも、これだけを見ると、身体側だけが得しているように見える。それは、技術を身に付けているのが身体側だからだ。もちろん、頭側でも技術は身に付けられる。でも、行動は身体側の物になる。なので、身体側の方が優先になるのは、仕様がない。これが、頭側の物なら、得するのは頭側になる。例えば、ロボットを作るときに協力し合ったら、頭側が得する形になる。
    これを見て分かる様に、この場合だと、速く刻む技術は、簡単には手に入らないが、ネギ一本を半分にして二本にする技術は誰でも身に付けられる。これは、身体側の物の場合。で、頭側の物の場合はこの逆になっている。例えば、知識。これは、皆が同じ様に身に付けられる。でも、その知識の理解度、また、どれだけ覚えられるかは、その人次第になる。
    これは、知識という点と、身に付ける点では一緒だが、頭側は行動が苦手。身体側は頭が苦手。という点が違う。

    他にも三つ葉。三つ葉の上だけを飾る発想は身体側にはない。それは、外からの見た目を気にしないから。
    ただ、ネギも三つ葉でもそうだが、絶対ではない。頭側と身体側の違いのページで言った様に、遠い所には、その発想はある。それに、似た様な事は出来る。ただ、多数決を取ると、9対1くらいの差にはなると思う。

    頭側は大気。身体側は重力

    更新7月23日
    大気は下から上に上がっている。大気がゼロの状態が真空。
    重力は上から下に圧力がかかっている。圧力がゼロの状態が無重力。

    月でのハンマーと羽を落とす実験。月はわりと真空状態らしい。地球上でハンマーと羽を落とすと、当然、羽の方が遅く地面に着地する。それは、浮力の影響。でも、真空状態だと、大気が無い状態なので、月での実験の様にハンマーと羽は同時に落ちる。
    つまり、空を飛ぶには、大気が要る。
    では、反対になっていて、似た事が出来る重力はどうなっているか。
    空を飛ぶには大気が要る。の反対は、重力が要らない。つまり、無重力状態。無重力だと、圧力がかからない為、下に行く事がない。だから、浮く事が出来る。ただ、浮くというよりは、そこが地面という感じ。
    この浮いている状態は、宇宙に滞在している人の映像を見れば、大体分かると思う。その映像を見ると、大気はあるが無重力状態な為、自分の力では動けるが、自分は浮いている。ただし、自分で歩けるという意味では無く、他の物体と当たる事で、力が発生して動けている。つまり、重力が無いと自力で動けず、重力があると自力で動ける。
    簡単に言うと、自分の身体を吊り上げて貰い、歩いて見る。すると、歩けない。でも、地面だと蹴る力が発生する為に歩ける。それと同じ様なもの。つまり、無重力に似た体験は出来る。でも、何かが違う。それは、重力下の元、行っているからで、吊り上げる、というのは、頭側の物になる。なぜなら、重力に逆らっているから。これは、環境を壊す思考になる。

    鳥の飛んでいる姿。
    始めは羽をバタバタさせて飛んでいる。これは、浮力を使って自分を浮かす等、風を起こす為。その他に風に乗っているときがある。このときに、始めの様に羽をバタバタさせると、鳥はバランスを崩す。浮くときは、下から上の縦を意識する。でも、風に乗っているときは、横を意識する。横に乗っているのに、縦のバランスの取り方をすれば、当然、横の動きを止める動きになるので、鳥はバランスを崩してしまう。
    頭側の次は身体側。羽をバタバタさせ、飛ぶときは頭側。横に乗っているときは、始めに起こした力に乗ってはいるものの、自力で動いている訳ではないので、無重力と似た動きになっている。
    では、大気があれば、空を飛べるのかどうか。
    無重力状態だと、自力では歩けない。でも、他とぶつかる事で力が発生して、動ける。大気があるなら、その浮力で空は飛べるはず。
    でも、無重力状態では、飛べない。なぜなら、力が空振りする状態になっているから。地球で自分の身体を吊り上げたとき、歩く事は出来ない。地面上では歩く事は出来ても空を飛んでいる事にはならない。これは、先に言った、無重力状態だと、浮くが、そこが地面という奴。
    要は、無重力状態では、人間が手で羽ばたくのと、鳥が羽で羽ばたくのと、同じ物になっている。だから、羽があっても飛べない。
    飛行機で特殊な飛び方パラボリックフライトをする事で、約二十秒間、無重力と同じ様な状態、無重量を作れるらしい。そこで、鳥を飛ばす実験をしたらしいが、とても、飛んでいる感じではないとか。
    その様子を見た訳では無いから、何とも言い様はないが、地面の無い空間で、地面をジタバタしている感じだと思う。簡単に言うと、自分の身体を吊り上げられ、ジタバタする感じに似ていると思う。これは、手で吊り下げている紐を掴む等せず、身体に括りつけられている紐は反動などを利用して使う感じ。

    月だと重力は地球の六分の一だとか。
    その月で歩いている様子を見ると、歩くというよりは、ジャンプしている感じで、ちょっと弾んでいる。それは、地面を蹴る力が弱くなっているから。というのと、重力が弱い為、下に行き辛くなっている。
    月でのハンマーと羽を落とす実験でも、その影響は受けていて、ハンマーと羽は、地球に比べて遅く落下している。
    宇宙ステーションでひよこを飼ったらしい。が、自由に歩く事も出来なかったみたいだ。
    無重力状態で、他とぶつかる事で、力が発生する。と言っても、反動が無いと力は発生しない。地面を歩くときにぶつかる力が発生しているかどうか。
    例えば、サッカーボールを蹴る。これは、反動があるのがすぐに分かる。蹴る力とボールとの反発で飛ぶ。では、地面を歩くときに、そのような反発の力が発生しているかどうか。足を地面に置く、足を浮かし前に持って行き、地面に置く。ぶつかる力、反動は発生していない。
    では、宇宙ステーションで、人間が、どうやって動けているのか。それは、人間の中で反動を作り出している。これは、腕立て伏せをすれば、簡単に分かる。自力で身体を上に起こせる。これは、重力に反している動き。つまり、無重力でも、この動きが出来るなら、動かない物を使い、人間の中の反動で動く事が出来る。
    では、ひよこの場合、走る事は出来ないのか。走る場合も反動は発生する。全く出来ない訳ではないだろうが、主が羽である。人間の手と足を比べてみると、足の方が太くて長い。つまり、手より足の方が使える事を差している。鳥の場合、足と羽を比べると、羽の方が何倍も大きい。つまり、羽が使えなくなると、鳥は動き辛い。そもそも、鳥の足は、歩いて通学する、等に使う様の足では無い。要は、移動に使う様の足では無い。だから、無重力状態だと、自由に歩く事が出来ない。

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  • 頭側は他人に見せる行動を起こす。身体側は自分に見せる行動を起こす

    更新8月30日
    行動を行う際、頭側は、他人に見せる事を考え、行動を起こす。
    身体側は、他人ではなく、自分に見せる事を考え、行動に起こす。
    例えば、友人と外食などに行ったとき、テーブルにソースを零した。
    頭側の人なら、見た目に悪い。や、自分が零したソースは自分で拭く。という事を考え、テーブルに零したソースを拭く。
    身体側の人は、僕は食事をしても、テーブルを綺麗にしたまま、その場を立ち去れる。や、零したソースを綺麗に拭ける実力がある。という事を考え、テーブルに零したソースを拭く。

    頭側の、見た目に悪い。と、身体側の、僕は食事をしてもテーブルを綺麗にしたまま立ち去れる。が、人に見せる為。
    頭側の、自分が零したソースは自分で拭く。と、身体側の、零したソースを綺麗に拭ける実力がある。が、自分の為。
    と分ける事も出来るが、目的で考えると、頭側は、自分の為というよりは他人を気にしての行動になっている。一方、身体側は、他人を気にしてというよりは、自分の為の行動になっている。

    優越感で考えると分かり易く、頭側の、見た目に悪い。自分が零したソースは自分で拭く。で、優越感に浸れるかで言うと、浸れない。
    でも、身体側の、僕は食事をしてもテーブルを綺麗にしたまま、その場を立ち去れる。零したソースを綺麗に拭ける実力がある。の方は、優越感に浸れる。
    起こしている行動は同じだが、他人を気にするのと、自分を気にするのとでは、気持ちが変わって来るのが分かる。

      頭側の人は、他人がいないと良い行動を起こせ辛い。身体側の人は、他人がいようがいまいが、良い行動を起こせるかどうかは、自分次第になる。
    つまり、頭側の人は、他人により、行動が左右される。身体側の人は、自分の性格で、行動が左右される。
    もちろん、身体側の人でも他人を気にした行動は起こせる。頭側の人でも自分を気にした行動は起こせる。が、自分がした行動を思い出せば、自分が他人に左右され行動を起こしているのか、自分の気分次第で行動を起こしているのか、大体分かると思う。