もう一つの思考

僕の事を少し

Let me talk a little bit about my personal experience.

another thinking


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 a.お前が悪い
 b.覚醒
 c.思考の距離
 d.目的達成には至らず


15/05/23   18/02/04

   a.お前が悪い  

何か周りの人と大きく違う事は、小学五年生の頃から分かっていた。
だけど、周りの人と、何がどう違うのかは全く分からず、その頃からずっと悩んでいた。


お前が悪い

この言葉を聞かなかった日はない。

「お前が悪い」と言われる度に、考え言動を行っていたが、「お前が悪い」を変えられた事は一度もない。


そして、周りの人と大きく違う事が、二十四、五歳のとき、大きく壁になった。

今、考えると、周りの人と180度違う思考を使い、それを毎日、試行錯誤し言動に繋げていたのだから、当然、日が経つに連れ、周りの人の思考からズレて行ってしまう。
要は、考え頑張れば頑張るほど、周りの人とのズレが大きくなる。それが、生き辛さに繋がってしまう。


良い事をしているはずなのに、全くと言って良いほど、良い事にならない。
何をしても、最終的には、 「お前が悪い」 その言葉しか貰えない。

誰に相談しても、どうする事も出来なかった。


そして、ありがちな引きこもりをするはめになった。



   b.覚醒  

引きこもっている間も考えはする。
自分は、周りは、何がどうなっているのか?
だけど、全く分からなかった。

そして、うつ病にもなってしまった。
ただ、うつ病で悩んだ事は全くなく、死ねない事を理由に仕様がなく生きようとしたとき、うつ病は、期間はいたが、自力で簡単に治せた。


生きようと決めて、一ヶ月が経った頃、普通の人と違う部分が突出していて、テレビを見ていたら、なぜか、分からないはずの [ 人の [ ] の気持ちが少し分かる様になっていた ]
それは、三十歳になる少し手前の事だった。


生きようと決め、何をしていたかと言うと、自分で考えた物語を書いていた。元々、考えるのが好きな事もあり、文章力がないのは分かっていたが、どうせ生きるのなら、自分の好きな事をしようと挑戦してみた。
そのときに、考えていた所が、普通の人が使っている頭側ではなく、 [ 身体側 ] であったが為に、普通は分かるはずのない、人の内の気持ちが分かる様になってしまったみたいだ。


あるとき、前にあった出来事を考えていた。
僕と近い人に、うつ病っぽい人がいて、僕と関わっていた期間は調子が良かったのだが、僕がその近い人に対し、良い事を何一つしない。と言っていたのだ。
だけど、うつ病に対し、 調子が良い は良い事に入るはずなのに、それが、良い事に入らないみたいだ。

僕と関わっている期間だけ、偶々、調子が良かった訳はない。と思い、自分の行っていた言動を思い返していた。
僕は、普段は自分の物は自分で持つが、なぜか、飲み物のペットボトルを持つのが面倒だと、その近い人に持たしていたりと、僕の普段にない動きが不思議に思えた。

良く考えると、精神は強い弱いがあり、強くするなら耐えないといけない。つまり、僕は、その人に、僕のペットボトルを持たす事で、精神を鍛えていたのだ。
精神を強くする行為は、確かに、頭で考えると良い事ではなく、嫌な事、悪い事になる。

その事に気付いたとき、僕は、絶望しかなかった。自分のしている事が、まさか、頭で考えると悪い事になっているとは思わなかったからだ。
つまり、自分では良いとして行ってきた事が、他の人にとっては、嫌な事、悪い事になっていた。


それが解ったとき、小さな頃から、なぜトラブルが多いのか、なぜ嫌われるのか、なぜ自分だけが悪いと言われるのか、全てが繋がった。



   c.思考の距離  

なぜ、「お前が悪い」となるのか、原因は解ったが、なぜか、そこを考える事はしなかった。絶望をしたのにだ。
それは、物語を書く事に集中していた為、気にならなかったのだ。これは、 [ 僕の身体側が、僕の意思に沿って、勝手にそうさせていた ]
僕の意思とは、仕様がなくでも、 生きる を選択した事になる。


そして、生きようとして一年くらいが経った頃、うつ病も完治し、僕は、前よりも、身体側の思考の方に移行していた。
心理的な事が普通に分かる様になっていて、それも物語に書いていた。すると、どんどん、おかしな方向に行った。

なぜか、 [ 動物の気持ち、言っている事が分かる様になっていた ]


どんどんおかしな方向に行く間も、周りの人と、何がどう違うのか、考えはしていた。

僕に近い人との出来事を思い出し、二十二、三歳のある日、好きな数字を選ぶ宝くじを買おうと、家で数字を選びマークシートに印を付け、いざ、宝くじを買いに出かけるとき、なぜか、僕は、その数字を選んで印を付けたマークシートを忘れ、車に乗り込んだ。
だけど、そのときに、その近い人が宝くじのマークシートを自分のバッグに入れるのをどこかで見ていた。が、僕は知らなかった。
そして、宝くじ売り場に着いたとき、僕は、マークシートを忘れた事に気が付いた。すると、その近い人は「持って来たよ」と自分のバッグから、宝くじのマークシートを出した。
このとき、なぜか、僕の頭に、その近い人がバッグにマークシートを入れていた画像が浮かんだが、一瞬だった。
僕は、当然、知らなかった行動を、普通にとっていた。

このときに、いつもの記憶と、一瞬見えた記憶が、繋がっていない。という事に気が付いた。
すると、ペットボトルの件の、頭で考えると悪いが、精神には良い。という事を思い出した。


これは、頭と身体の関係で、身体にとって良い事は、頭で考えると、悪い事になる。

そして、水泳をするとき、確かに、頭で水泳の事をどれだけ覚えても、身体は、頭で覚えた内容通りに反応しないという事に、経験から気付いた。

これらの事から、頭と身体は繋がっていなく、内容が反対になっていて、身体は身体で思考というか、考える方式がある、と確信を得た。


つまり、 [ 頭側 ] (左脳)と身体側(右脳)の思考は、繋がっていなく、反対に異なる内容になっている。



   d.目的達成には至らず  

皆が、身体(右脳)は持っています。
だけど、考えるのは頭(左脳)である。

身体(右脳)で覚えた事は、頭(左脳)に入らない。

スポーツの指導を行ってきた人なら、すぐに理解できると思います。
身体で覚えた事を話すときは、行動を思い出し、それを頭を使って言葉に変換して話します。

つまり、身体で覚えた事を話すとき、頭で思い出し、頭で話す行為を行いません。



さらに、思考回路は、頭(左脳)で考える以上、頭(左脳)になります。
要は、身体(右脳)の思考回路に沿った考えを、頭(左脳)では出来ない。



僕は、実家を出るとき、三年間は頑張ろうと、このサイトを作成したりしましたが、頭側と身体側の共存どころか、身体側の思考を世に出す事すら、出来ませんでした。
(過集中する為、三年でも結構長いです。僕の知能の成長ぶりから分かる人には分かるかもと思います。)



僕の知能で出した最高傑作は、この世の創りの解です。
 ・ 三つの絶対実態と絶対進化
 ・ 三つの絶対実態と三つの絶対性質
 ・ 三つの絶対実態と三つの絶対能力
 ・ 三つの絶対実態の三つの絶対役割
 ・ 三つの絶対実態の力
 ・ 三つの絶対実態 まとめ  この世の創り
これは、この世の基本、概要であり、総まとめでもあります。



目的が達成出来なかった理由として。

主に左脳を扱っている人が、主に右脳を扱う人を受け入れない事にあります。
主に右脳を扱う人を受け入れる理由が、主に左脳を扱う人にないのです。

主に左脳を扱う人が、主に右脳を扱う人を理解できていません。
主に右脳を扱えている人間が、世界で僕一人だけなので、当たり前ですが。

主に右脳を扱える人間が、世界で、僕一人だけである事。
世界には人類が70億人以上います。その中のたった一人の事を注視する事はあり得ない。

内容が内容なだけに、三年では期間が短いのだと思います。


また、発達障害者、知的障害者の、本人や関係する者が、僕に続かない限り、無理な話なのかも知れません。



今後は、目的は横に置いておき、何も先を考えず、気楽に生きて行こうと思っています。
要は、諦めました。



この世を解いた答えとして、主に右脳を扱えた人間、一人目として、この世の創りの解を出せた時点で、一つの括りは終わっているみたいです。
つまり、僕の役目は、終えた。と言えます。

その後は、人間が故意に進めなくても、自然(時代)の流れと共にやってきます。
ですが、人間が故意に行わないと、進まない事項もあります。
それは、今の時代の人間には、難しい事なのかも知れません。



人間は全員で一つの人間です。



Okuda Kazuya



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